忍者ブログ
気付いたら23歳(遠い目
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

二時間前から降り始めた細雪がだんだんと大粒になってきていた。あちこちで立ち上っていた黒い煙も弱まり、雪原に残る血の跡も薄くなる。
早めに後片付けをする必要があるな。遺体や残骸の回収が滞るのはまずい。ピエール・ド・シャルティエ少佐はユンカース隊隷下工兵連隊に付けられている参謀として―もっとも、彼が果たしている役割は一般的にイメージされる参謀の職務の範囲を大きく超えているのだが―今後の作業工程を頭に思い浮かべていた。

「少佐、損害の一次報告が来ました。」
「ありがとう。」

連隊本部要員の若い少尉が走り書きのメモが数枚束ねられたものを少佐に手渡した。地上軍の軍制において、この類の要件は参謀が報告を受けて指揮官に取り次ぐものではないのだが、そこは決して大きくなく、均整がとれた組織でもなく、その歴史も浅い地上軍ならではの「柔軟な運用」と言うものだろう。地上一の気難し屋と名高いハロルド・ベルセリオスを上官とする参謀ならばそれぐらいはこなさなければならない。この軍隊では指揮官と参謀の関係は個人の資質と関係性においてその多くが規定されるのだ。

「連隊長を見てませんか?」
「師団副長にお話があるとのことで先程。」
「なるほど、また喧嘩かな。」

恐らく、今回殆ど後備部隊扱いで片付けだけやらされるのが気に入らなかったのだろう。いや、片付けに参加せず帰還しろと命令された時も怒って出ていったから、片付け云々は大きな差ではないのかもしれない。とにかく彼は戦闘にろくに参加できなかったことが不満だったのだ。

仲が良いのは分かっているから好きにやらせておけば良いのだが、師団副長と工兵連隊長が機能しないのは聊か問題がある。ことに「師団副長」と呼ばれている男、ノリス・カルナック大佐は今回の戦いに投入された部隊に関する多くの役職を兼任している為、かなり多忙なはずだ。これは立場上、彼が止めなければならなかった。

関連部隊との連絡や現状把握に忙しい本部にもう少し仕事を上乗せするのは気の毒かとも思ったが、逆に考えれば多少増えたところで大した差でもないだろう。メモに目を通した後、片付けの大まかな差配について部下に伝え、細かい部分は彼らで詰めてくれるように頼んだ。大隊同士、中隊同士で仕事を奪い合うほど熱心な働きぶりと勇猛さで名高い工兵連隊にかかれば、大した指示がなくともすぐに作業は進む。シャルティエ少佐が所属する部隊は確かに難物だが扱い方さえ心得れば付き合いにくいものではなかった。
それは丁度、この部隊の指揮官その人と良く似ている。

「工兵連隊のシャルティエです。」

ユンカース隊司令部兼師団本部―空席となっているユンカース隊司令の役職を師団長が代行している関係でこの司令部と本部は不可分なものとなっていた―のテントの周りで警備に当たっていた下士官はシャルティエが名乗る前に一瞬相好を崩し、それからすぐに敬礼で迎えた。顔見知りであった訳ではない。今、テントの中で起こっていることを納めてくれる人物が現れたことへの安堵が表情に出てしまったのだ。

「連隊長がお邪魔しています。」
「お待ちしておりました。」
「ノリス大佐は中ですか?」
「いえ、師団長閣下と副長は出ておりまして・・・。」
「はい?」
「実は、ですね・・・。」

武人としてハッキリした物の言い方を教育される第一師団の下士官らしからぬ喋り方にシャルティエは若干の違和感を覚えたが、中にいる人物が誰かを聞いて納得させられた。なるほどこの若い下士官は何かしらのゴシップを聞いているらしい。職務中には滅多に笑みを見せないのだが、彼はついつい頬が上がってしまった。

「貴方は戦争をスポーツか何かと混同している節があります。」

シャルティエにとって聞き慣れた声色の、聞き慣れない怒りを含んだ声がテントの中から聞こえてきた。堪え切れずにくすくすと微かに笑い声を上げる。そういえば、とシャルティエは思った。敵の新型兵器の検証に為に情報部から人が来るのだと聞いていたのだった。どうしたものか困った顔をしていた下士官を置いて、彼はテントにこっそりと近付き、幕の隙間から中を覗き込む。

「反省しました?」
「・・・したよ。」
「していたならそんな返事になりませんね。」
「・・・・。」

中にいた彼の上官は予想通り不貞腐れ気味に、しかしやや小さくなって椅子に腰かけていた。その脇に立っている将校が先程の怒声の主だ。気の毒に、とシャルティエは上官に対して珍しく同情した。その人―地上軍参謀本部情報部長イクティノス・マイナード―がハロルドの唯一の弱点であり、しかも滅多にしない説教を始めると大変長い人物であることをシャルティエはよくよく心得ていたからだった。

「きちんと座ってこちらを向きなさい。」

そしてイクティノスと付き合いが長いシャルティエも初めて知った事実が一つ。
彼は恋人に対しては一層厳しいらしい。






あとがき
この前読んだ本の影響が文体に出ている。苦笑
PR
コメントを書く
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
パスワード
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
 HOME | 316  315  314  313  312  311  310  309  308  307  306 
Admin / Write
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
サイトはこちら
忍者ブログ [PR]