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気付いたら23歳(遠い目
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「どうだったかな?」
「参謀本部経由で報告が来ている筈ですが。」
「公式な形で話を聞きたい訳ではないんだ。」


イマニグス市の包囲戦を終えて中央に戻ってきていたイクティノスは、いかにも彼らしく、恐らく山程あるであろう他の仕事に早くかかりたい様を露わにしていた。彼の勤勉なところと必要以上に気持ちを隠さないところを私は昔から好ましく思っている。


「世間話なら仕事が済んでからに願います。」
「君の、その険のある美丈夫ぶりにはファンもいるらしいね。」
「ご用件をどうぞ。出来れば手短に。」
「そう邪険に扱わないでくれないか。」


部下ならば将校、兵を問わず慈愛と助言とで接する彼は上官に対しては正反対の態度を取る。ちょっとした軽口にも付き合ってくれない。勿論、冷たくされても彼のことを憎からず思う上官もいるというのは本当だ。私としては好みと少し違うのだけれど。


「新品の小隊長を幾らか連れて行ったと聞いた。」
「・・・・・その件ですか。」
「君の言う通り世間話だ。嫌なら良い。」
「いえ、不真面目な前置きにそぐわないと感じただけです。」
「部下に親しみを表す術を多くは知らないのでね。」


彼は少し呆れたような表情を作って私の軽口を再度非難した後、許可も得ずにソファーに腰掛けた。新米少尉の頃から彼には洗練された不遜さがあり、しかしそれが不快にならない不思議な徳も持ち合わせていた。その点は亡くなった兄のイリアと良く似ている。


「紅茶を頂いても?」
「冷めた淹れ置きで良ければ。」
「今日は司令の清貧ぶりにお付き合いします。」


私が差し出したティーカップを慇懃に受け取った彼は唇を湿らせる程度口をつけ、早くも話し始めた。この短い所作の間に何を話すかはまとまったらしい。


「もう何人か新入りを欠きました。」
「気の毒なことだ。」
「ええ、全く。」
「生き残りも充分気の毒ではあるがね。どうしている?」


彼も私も、あまり死んだ人間のことは気に懸けないようにしている。死んだ人間を悼むことは勿論必要だし、その被害を抑える為に何かしら検討することは我々の仕事の一部ではあるのだが、それ以上に生き延びた人間をケアすることを重視しなければならない。彼や私の同期も同様に多くが死んだが、先人達が生き延びた私達をこうしてどうにか育てた結果軍は変わらず機能している。


「休暇をやりました。遊びに出ているかと。」
「敵の死、仲間の死、その他色々を紛らわさねばね。」
「ええ、不思議なものでその為に何が必要かは皆分かるようで。」
「お蔭様で兵站部に女衒の真似事をさせてしまっている。」


人肌と言うものは安全と平和を根源的な部分で知らせてくれるのだが、配偶者や恋人が常に傍にいると言う訳にはいかない。代わりに、と言うと大変語弊があるのだが将兵の心身を冷却する装置として公正な価格と良好な衛生状況、出来ればある程度の水準が保障された労働環境、この三つを兼備した売春宿を兵站部が誘致しているのだ。


「女衒などと言ったら兵站部が怒りますよ。」
「軍人より余程才覚がいる仕事だ。卑しむつもりはない。」
「もし兵站部長が激怒したらそう言ってやるのですか?」
「先に殴られてしまいそうだな。女衒は取り消そう。」


とは言え、女衒までは言わないまでもあまり褒められたことをしていないのは分かる。倫理的な話として、売春と言うのは手放しに容認できるものではない。しかし、現実にはそれを必要とする将兵がおり、そこで働くことを必要とする食い詰めた女達がいる。兵士が占領地で強姦をするより、貧しい女達が路上で飢えるより、余程良い。必要悪と言って良いものだと私は考えている。


「まぁ、君はそんなものに縁がなかっただろうけれど。」
「男でも女でも適当に引っかけることが出来ましたからね、当時は。」


たまにこうやってギョッとするようなことをさらりと言うのが、時たま見せる彼の茶目っ気だった。彼が昔、ちょっと噂になる撃墜王だったことを知る者は今では多くない。本人と私ぐらいになってしまったのではないだろうか。


「私は君のように身軽ではなかったからなぁ。」
「司令はお相手がいらしたでしょう?」
「だからと言って、簡単な話でもなかったんだ。」
「その点はお察しします。」
「私は兎も角、あの人はとても真面目な人だったからね。」


コメントしずらい、と言いたげな彼の顔を見て私は一つ咳払いをした。彼は不遜ではあるが職務忠実で立場を重んじる人間であるから、ついつい私が感傷的になるときちんと歯止めを利かせてくれる。信頼する部下には甘えてしまうのが私の悪い癖だが、彼は私人としての私を甘やかしたりしない。


「君のハッキリした態度は尊敬に値するよ。」
「お褒めに預かり光栄です。」


もう一度彼はカップに口を付けた。眉間に皺が寄るのが見て取れたが紅茶がまずいだけではないだろう。元来彼は物を美味そうに飲み食いする方ではない。
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