「俺、年取ったんだと思う。」
彼はたまに訳の分からない事を言う。
疑問を表情に出す私を尻目に、彼は続ける。
「今日ってクリスマスだろ。」
「ああ。」
「実際関係ないけどな。」
「は?」
「俺、クリスチャンじゃないし。」
クリスマスだと改めて言ったり、関係ないと言ったり。
例年はクリスマスである事も気にしない癖に。
私は、意外と気にしてしまうのだが。
「お前も、違うだろ?」
「ああ。」
私達は神だとか、そういうものを信じない。
信じるものは多くなくて良いから。
彼は私を信じている。私は彼を信じている。
それで十分だから、神を必要と思ったことはない。
「だから、クリスマスなんてものは関係ない。」
「はぁ。」
「関係ないんだが、な。」
「だが?」
彼は寝そべっていたソファーから起き上がった。
横目で私に軽く視線をやって、続いて外に。
しんしんと雪が降る、静かな夜。
「お前と、ふつーに祝って、ふつーに喜ぶんでも良いかなって。」
「クリスマスを?」
「ああ。」
「年を取ったから?」
「多分。」
クリスマスを普通に祝うための言い訳が、年を取ったから。
彼は本来ストレートな性格だから、回りくどさが可笑しかった。
ただ、クリスマスを祝いたくなったんだと、言ってくれても良いのに。
椅子を立って、私は彼の隣に腰掛けた。
彼の背中の温もりが少し残っていた。
「実を言うと。」
「あん?」
「私は、前からそう思っていた。」
「・・・あそ。」
「お前とクリスマスが祝えたら嬉しい。」
私は彼の横顔を見ていたけれど、彼は真っ直ぐ外を見ている。
多分、少し照れている。
「メリークリスマス。」
「・・・メリークリスマス。」
「不思議だな。」
「ん?」
「こんな些細なことでこんなに嬉しい。」
「・・・そりゃ良かった。」
「何でだろうな。」
「・・・・。」
「好き、だからだと、私は思う。」
「少し黙れ。」
彼がやっとこちらを向いた。
右手が私の腰に回って、ぐっと引き寄せられる。
甘受する私に、静かに口付け。
「どうでした?」
「お蔭様で、悪くはない。」
「ふふ、優秀な教え子で鼻が高いな。」
「お前こそ、試験良かったんだろ?」
「・・・まぁ。」
「あまり、噂を気にするな。」
「ありがとう。大丈夫ですよ。」
苦笑する彼に、何だかすまない気持ちになる。聞くと、やはり彼の成績はとても優秀で噂通りだった。彼の成績は彼の能力と真面目さによるものだし、彼は成績を隠すこともひけらかすこともしない。私は彼を尊敬している。
「さて、何かお礼をしなくてはな。」
「まだ憶えてたんですか?」
「当たり前だ。何か欲しい物はないか?」
「んー、あるかなぁ。」
「何かないのか?」
「尋問みたい。」
「良いから、さっさと決めてくれ。」
「何でも良いんですか?」
「高いものじゃなければな。」
「んー・・・。」
彼は思いついたように口を開いた。私はそれを聞いて、複雑な気持ちから顔をしかめた。それを見た彼は、私を困らせて嬉しかったのか、盛大に笑った。
ちなみに俺のはバイブもオフ。
メールかな?
FROM:隆昭
題名:うへー
何か良く分からん。
手短過ぎて俺も何も分からんぞ、おい。
親しい芝居仲間、から来たメールに苦笑する。
どうした?としか返事できない。
こんなメールばっか送ってくるんだ、こいつは。
同中の奴(前話したよね?)が飯誘ってきて、
何か今回二人っきりみたいでさ、
まぁ、公演近くて忙しいしって言ったらね、
「お前の顔が見たくなった」とか言いだしてんの。
もー、訳分かんねー。
隆昭の文章を読むと、声が聞こえてきそうになる。
ま、実際、あいつメール打つときぶつぶつ言いながらだけど。
「同中の奴」は先日から隆昭を口説こうとしてる。
この前は何人かでプチ同窓会をしたそうだ。
その席でかなり思わせぶりな台詞を吐いたとか。
それから半月、少し手が早いんじゃないかねぇー?
「好かれてんね」と笑ったら「えー、そーなのかな?」と顔をしかめてた。
実際、隆昭は可愛い感じのする少年で、何だかハムスターやリスみたいなのに似てる。
守備範囲が広めな男なら普通に射程範囲なんじゃなかろうか。
乗り気な訳あるか。
乗り気なら止めないけど、話が進んじゃう前に離れた方が良いよ、と送ったら、この返事。
そーね、隆昭はホモが嫌いだから。
多分自分が対象になるって分かってんだよね。
どこまで自覚してるか分からないけど。
でも、人懐っこい割に警戒は強い。
恋愛関係の話とか普段全然しないし、男友達も少ないし。
まっ、友達自体あんま多くないけど。
あー、でも、何故か俺は両方当て嵌まらないな。
俺、他校の生徒で芝居仲間、男。
恋愛関係の面倒な話を聞いてやる担当。
彼女でも作ったらそういうの減るんじゃない?と送る。
返信はすぐ来た。
彼はメールを打つのが早い。
女とか面倒臭くて嫌い。
男も嫌いだけど。
ってか、またメール来た。
あからさまにアピってくんの困るよね。
もう返事してやらねー。
同中の彼が若干哀れだなぁ。
てか、男も女も嫌いなのか、難儀な性格だ。
その割に俺には懐いてくれますね。
高校違うからあんま会う機会ないのに、なんか仲良くなれちゃったし。
良くメールくれるし。
俺も嫌いか?(笑)、と送りながらカレンダーを見る。
隆昭の次の公演は来月頭。
何か、今回は良い役らしい。
嫌い。
意地悪いし、口煩いし、人の話てきとーに聞いてるし、急にメール切るし。
嫌いだってさ、可愛い奴。
一つため息をついて、携帯を置く。
ご要望にお答えして、切ってしまおう。
それに怒る隆昭がまた面白いから。
と、思っていたら携帯が光る。
バカ俊。
今、切ろうとしただろ。
お前の考えなんて分かってんだよ、ばーか。
あっ、来月の芝居見に来いよ。
じゃな。
分かってる、ね。
馬鹿はどっちなんだか。
「まっ、俺は気長に攻めるよ」と呟いて
俺は隆昭の公演までの日にちを数えた。
あとがき
メールってのをテーマにしてみたのです。
内容は王道チックに。
「何か疑問でも?」
「いや。」
「じゃ、どうしました?」
「何か悪いな。」
「記憶力が?」
「・・・。」
「冗談ですよ。」
彼は意外と良く喋る上に、面白い人だった。ただ、たまに出る冗談の意地が悪くて閉口した。私には全く彼の弱点が見つからないのに、彼はすっかり私の弱みを掴んでしまっていた。
「それで、何です?」
「やっぱり止す。」
「拗ねないで下さいよ。」
「別に拗ねた訳じゃ。」
「じゃ、何なのか話して欲しいな。」
「・・・教えて貰ってばかりだから。」
「はい?」
「カーレルに教わってばかりで悪いな、と。」
「なんだ、そんな。」
「いや、だってなぁ。」
「気にしないで下さいよ。」
「私は気になるんだ。」
「んー。」
困りましたね、と彼は言うのだが、全然困ってはいないように見えた。どうして彼はこんなに余裕があるんだろう、と思った。よく考えると彼はマイペースだっただけのような気もするが。
「世話になってばかりなのは性に合わないと言うか、居心地が悪い。」
「んー・・・。」
「ん?」
「ディムロスに勉強教えられて嬉しいんだけどなぁー。」
「・・・。」
「嫌だった?」
「そうは言ってない。」
「んー。」
「ん?」
「じゃ、何かお礼をくれるってことかな?」
「んー?」
「一方的に世話になるのが嫌なんでしょう?」
「あぁ。」
「じゃ、そうじゃない?」
「それは、うん?まぁ、そういうことになるのか?」
「よしよし。」
「ん?」
「楽しみ。」
「あんまり期待されてもなぁ。」
「何でも良いですよ。」
私から貰う物自体より私から何か貰うことが楽しみなのだと、とカーレルは言った。私は捻くれ者だったかも知れない。そういうことを言われて、ますます何か良い物を彼にプレゼントしてやりたくなってしまったのだから。
「参謀本部制度の父。」
「えーと、モルトケ。」
「南北戦争における南軍の司令官。」
「・・・グラント?いや、リー?」
「どっちですか?」
「んー・・・。」
「どっち?」
「リー?」
「自信がないと顔に出ますね。」
「・・・正解は?」
「良い勘です。正解。」
「当てずっぽうで悪かったな。」
「正解は正解。兵は勝つを尊ぶ、ですよ。」
「孫子。」
「良く出来ました。」
一緒に試験勉強をしようと言いだしたのは彼の方だった。放課後に教室に残り、互いに問題を出し合った。いつも真面目に授業を受けているだけあって、彼は試験勉強が要らないくらい良く出来て、お陰で教えてもらう感じになってしまっていた。