気付いたら23歳(遠い目
「この前は、どうも。」
どうしようもなく半端な形で口火を切ったのは私だった。いかにも喋るのが下手な人間の切り出し方だし、何がどうもなのか全く分からない。その言葉を受けた彼はゆっくりとこっちを向くと、少し目を大きく開いて眉を上げた。これは彼の少し驚いた顔だったらしい。その後で、あぁ、と軽く頷いて彼は笑った。
「苦戦してましたね。ネジも無くしそうでしたし。」
忘れて良い事も含めて、彼は私を良く憶えていたようだった。ふわふわした見た目の割に彼ははっきりとした声をしていたが、喋り方には雰囲気と共通する丸みがあって、きつさが感じられなかった。ただ、この話題は少し失敗だったようにも思えた。
「実習は苦手ですか?」
「・・・不器用なので。」
「なるほど。見た目通りですね。」
彼は何故だか満足そうに笑って頷いた。厭味にも聞こえそうな発言だったのに、思ったほど悪い気はしなかったのが不思議だ。痘痕も笑窪?少し違うか?取り敢えず、頭の切れそうな好青年という感じの見た目とは少し違うのは良く分かった。おっとりしているというか、鈍いというか、独特のペースを持っているように感じられた。
「朝、早いんですね。」
「ええ、良い席が取りたくて。」
「日当たりの良い?」
「ええ。日差しがあると寒さも幾らか和らぎますよ。」
そう言ってから彼は掌を擦って、廊下は冷えますね、と笑った。良く笑う人だな、と思った。笑っている人といるのは気分が良いな、と思った。他の友人も勿論笑うけれど、彼みたいに暖かく笑うのはあまり見ない。寒いと言いつつ暖かく笑うのは、何だか可笑しくて良いなと思った。
「貴方も、早いですね?」
「ええ、私は・・・何となく。」
無意識なんだろうけれど鋭い質問だった。正直言って答えに窮した。私は彼との関わりが持てるかな、と期待して早く行っていた訳だけれど、それを表立って本人に言えるほどに大胆な性格ではないし、誤解――そもそもどういう誤解だ?――を恐れない性質でもなかった。彼は大きな瞳を私の顔へ向けたまま、ふーん、と笑って頷いた。さっきから良く上下に動く首だな、と思った。彼は制服の下に薄手のタートルネックを来ていたから首自体は見えなかったけれど。彼の表情には訝しむ様子はなかった。ただ、彼の納得する様子が妙に嬉しそうなので少し反応に困る。
「ふーん・・・何となく、ね。」
「ええ。」
「じゃ、早く来て何かしてる訳じゃないんですか?」
「あー、まぁ。」
「・・・なるほど。」
そうして同じように、彼は嬉しそうに笑って頷いた。釈然としない気持ちながら、何となく釣り込まれて嬉しいような気持ちにさせられてしまった。本当に彼は不思議な人だ。丁度、用務員の人が来て、教室の鍵が開いた。他の学生もやってきた。彼は私に軽く一礼すると、いつもの通りに指定席へと急いだのだった。私はまた名乗りそこなってしまった。
どうしようもなく半端な形で口火を切ったのは私だった。いかにも喋るのが下手な人間の切り出し方だし、何がどうもなのか全く分からない。その言葉を受けた彼はゆっくりとこっちを向くと、少し目を大きく開いて眉を上げた。これは彼の少し驚いた顔だったらしい。その後で、あぁ、と軽く頷いて彼は笑った。
「苦戦してましたね。ネジも無くしそうでしたし。」
忘れて良い事も含めて、彼は私を良く憶えていたようだった。ふわふわした見た目の割に彼ははっきりとした声をしていたが、喋り方には雰囲気と共通する丸みがあって、きつさが感じられなかった。ただ、この話題は少し失敗だったようにも思えた。
「実習は苦手ですか?」
「・・・不器用なので。」
「なるほど。見た目通りですね。」
彼は何故だか満足そうに笑って頷いた。厭味にも聞こえそうな発言だったのに、思ったほど悪い気はしなかったのが不思議だ。痘痕も笑窪?少し違うか?取り敢えず、頭の切れそうな好青年という感じの見た目とは少し違うのは良く分かった。おっとりしているというか、鈍いというか、独特のペースを持っているように感じられた。
「朝、早いんですね。」
「ええ、良い席が取りたくて。」
「日当たりの良い?」
「ええ。日差しがあると寒さも幾らか和らぎますよ。」
そう言ってから彼は掌を擦って、廊下は冷えますね、と笑った。良く笑う人だな、と思った。笑っている人といるのは気分が良いな、と思った。他の友人も勿論笑うけれど、彼みたいに暖かく笑うのはあまり見ない。寒いと言いつつ暖かく笑うのは、何だか可笑しくて良いなと思った。
「貴方も、早いですね?」
「ええ、私は・・・何となく。」
無意識なんだろうけれど鋭い質問だった。正直言って答えに窮した。私は彼との関わりが持てるかな、と期待して早く行っていた訳だけれど、それを表立って本人に言えるほどに大胆な性格ではないし、誤解――そもそもどういう誤解だ?――を恐れない性質でもなかった。彼は大きな瞳を私の顔へ向けたまま、ふーん、と笑って頷いた。さっきから良く上下に動く首だな、と思った。彼は制服の下に薄手のタートルネックを来ていたから首自体は見えなかったけれど。彼の表情には訝しむ様子はなかった。ただ、彼の納得する様子が妙に嬉しそうなので少し反応に困る。
「ふーん・・・何となく、ね。」
「ええ。」
「じゃ、早く来て何かしてる訳じゃないんですか?」
「あー、まぁ。」
「・・・なるほど。」
そうして同じように、彼は嬉しそうに笑って頷いた。釈然としない気持ちながら、何となく釣り込まれて嬉しいような気持ちにさせられてしまった。本当に彼は不思議な人だ。丁度、用務員の人が来て、教室の鍵が開いた。他の学生もやってきた。彼は私に軽く一礼すると、いつもの通りに指定席へと急いだのだった。私はまた名乗りそこなってしまった。
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