ディムロスが連隊長で大佐くらいの頃。
カーレルは本部の参謀で中佐、前線視察中な訳です。
朝起きてテントから出ると、眼前に一面の雪景色。
灰色の廃墟(前線付近の街が放棄された模様)が真っ白な化粧をして聳えていた。
兵士達は雪掻きをしたり、雪上迷彩に切り替えたりと忙しい様子。
寒波の予測はあったものの、西部地域での降雪は珍しい。
冬季(と言っても現在は一年中低温だが)は東風が強く、西部は乾燥するのが普通だから。
まぁ、隕石以来異常気象が当たり前だから今更驚きもしないけれど。
「当番中隊は雪上装備に切り替え次第、周辺住民の支援に当たれ。」
「ハッ。」
「残りの者は除雪作業及び被害の確認。以上、解散。」
「ハッ。」
白い息を吐いて指示を下す連隊長。2ヶ月ぶりに見た。
蒼髪が灰白色のコートに良く映えていた。あれで前線に出たら良い的だな。
歯切れの良い返事とキッチリ揃った敬礼の後、駆け足で兵士が散って行く。
白い迷彩カバーのヘルメットに雪上迷彩の兵士達は顔だけが雪景色に浮いて見えた。
その中で、雪掻きの指揮を執る連隊副長の黒髪だけが妙に目立つ。
この隊長と副長のコンビは案外似ているかもしれない。
隊の本部テントに戻ろうとしていた連隊長、ディムロスが、こちらに気付いた。
歩を止めるけれど、こちらには来ない。立場の難しさを感じる。
視察の参謀の所に世間話をしにいくのは具合が悪いんだろうな。
その点、私は自由なもので、駆けて行って彼に話しかけても全く問題ない。
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。・・・良く眠れたか?」
「ええ。」
「そうか。」
「でも朝は冷えますね。あっ、中に入っても?」
ちょっと私が親しげだったからかな、彼の表情が曇る。
でも、ちゃんと本部テントには入れてくれた。
少し広いテントの真ん中に机と椅子、その上に広げられた地図に通信機、当番表。
暖房器具が何もないのは、多分彼の意向だと思う。
「適当に座ってくれ。」
「お邪魔でしたか?」
「・・・ノリスがやってくれているから忙しくはない。」
任務中だからか口調が堅いけれど、それが逆に良く知る彼らしくて嬉しいかも知れない。
だから、私は長机の一番手前の席について喜び隠しに微笑していた。
向かいに座った彼は、マグカップに大きな水筒からコーヒーを注いで差し出した。
連隊長の席は普通、一番奥。これはわざわざ近くに座ってくれたと考えて良いんだろうか。
なんて思いながら貰ったコーヒーに口をつけた。良い薫りがして、身体が内側から温まる。
期待していたよりも美味しいコーヒーだったから、多分ノリス少佐が淹れたんだろう。
ディムロスはあまり、味には頓着しないほうだから。
「何か用があったのか?」
「いえ。」
「そうか。」
「立場上、用が無いとまずいですか?」
苦い顔をされた。彼が立場に拘るのを皮肉ったつもりはなかったけれど。
でも、実際そうだ。中央に居る時に比べたら、随分ディムロスとは距離を感じる。
前線指揮官と後方の参謀だから、その手の壁は避けられないのだけれど。
こういう時、前線部隊付の参謀になれば良かったと思ったりする。
まぁ、そうなると配属される部隊に寄っては全然会えなくなる訳だけれど。
「お前の出世にも響くぞ。」
「すみません。」
「元老院はリトラー派の粗探しに必死らしい。」
「少将からの情報ですか?」
「ああ。暗殺未遂も起きてる。気をつけてくれよ。」
「それは、恋人への心配と受け取って構いませんか?」
「・・・・・・。」
あっ、固まった。
私がついつい噴出すと、見る見る間に彼の眉間に皺が寄った。
頭をがしがしと掻きながら盛大に溜息を吐く、彼の照れ隠しは可愛い。
なかなか私情を出さない彼だけど、こうして気持ちが透けて見えると安心する。
やっぱり、数ヶ月会ってなかった訳だから。
あー、思ったより、不安になるほうなのかな、私は。
「ありがとう。」
「何も言ってないぞ、私は。」
「十分伝わりました。ありがとう。」
目を逸らす彼の顔を覗き込む。
そのまま彼からの返事を待っていると、小声で「うむ」と聞こえた。
「えーと、視察は明後日までだったか?」
「ええ、その後は中央に戻ります。」
「そうか。まぁ、自由に見てくれて構わない。」
「ディムロスの顔でも?」
「・・・・・はぁー。」
久々だから少しはしゃぎすぎたかな。疲れた顔でディムロスが席を立った。
私も自分のテントに戻って報告書を書かなきゃならない。
重要なことは司令に口頭で伝えれば良いのだけれど、形式も一応守らなければ。
なんて思っていたら、「あっ。」とディムロスが足を止めた。
テントの枠に掛けられていたヘルメットを外し、私に差し出す。
兵士たちが被っていたのと同じ、白いカバーが掛かったヘルメット。
「念の為、これを着用するように。」
「・・・これですか?」
「流れ弾の危険もある。」
「はぁ。」
「それに一般の兵士と同じ格好の方が目立たない。」
もしかしたら、流れ弾の危険もあるかもしれないけれど。
確かに、私の髪の色は雪上で目立ちすぎるかもしれないけれど。
でもヘルメットは・・・・似合わないだろうなぁ。
ディムロスが真面目に薦める手前、断る訳にもいかずに被る。
・・・・・鏡が欲しい。
「どうかと思いますけどね・・・。」
「いや、なかなか似合う。」
ぽんぽん、とヘルメットの上から手が触れる。
それと、今日初めて、2ヶ月ぶりの笑顔。
何だかその気になってヘルメットを被っている自分が馬鹿らしい。
「では、くれぐれも気をつけるように。」
「ディムロスも。」
「・・・。」
「ふふっ。では、また。」
「ああ、また。」
今回の視察の次はいつ会えるかも分からない。
一週間かもしれないし、半年かもしれないし、一年かもしれない。
もう会えないってことも可能性がない訳じゃない。
むしろ、彼の状況にしたら、大いにあることだと思う。
でも彼は「また」と言ってくれたから。彼は嘘を言う人じゃないから。
だから、また会えるんだと私は思う。
「遠距離恋愛、か。」
その言葉が妙にしっくり来たのが可笑しくて、声を上げて私は笑った。
・・・・・・・・・・
って感じです。
最近のにしては長い感じで。
カー君、遠距離恋愛モードですね。
もうちょっと可愛くしたかったかなぁ。
ディムロスが渡したのは所謂フリッツヘルメットみたいな奴。
あの形状が何だか可愛い気がするのは私だけじゃないはずだ!
ちなみにディムロスとノリスはヘルメット被りません。動きにくくなるから。
ノリスは頭に白布でも巻けば良いだろうけど、ディムロスはどうなんだろ。
蒼い長髪って雪原で目立ちません?んー。
父君聞こえし歌詠みなれど御歌のことしたまはず
弓馬のことのみめづるによりて人々天馬の君と申しけり
としごろ官低くあれど、内大臣ことにひきたちたまへば頭中将とておはします
行幸にしたがひ吉野にくだりしをり、花のいとめでたきころなり
帝いみじく感ぜられ歌詠ませたまふに、君わりのうせむかたなく思さり
内大臣が継子にて枯葉殿と申す弁中将の才事さまざますぐれさせたまふに図るも
「あなわりな、優なる歌詠みになにかいわんや」と戯れらるのみ
君のいみじく惑はれたまふさまを、枯葉殿さすがにあはれと思すべし
うち笑みて「思ふまま詠むに如かず」となだめたまへり
見渡せば 目を射るばかり 花盛り
散るといへども 色ぞの残れる
けしうはあらぬもののなべての歌と言うべきものなり。
しかれども、君のすなほなる御気性を帝いとめずらしと思され大御酒たびけり
枯葉殿、得意さまにておはす
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
内大臣→司令
天馬の君→ディム
枯葉殿→カーレル
みたいな感じです、はい。
それがやりたかっただけですよ。
軍記物だと、いつもと内容変わらないからね。
ちょっと歌物語風にしてみたり・・・。
優れた歌詠みの子として生まれたディムロスですが、
歌なんか放っておいて武道ばっかやってるわけです。
リトラーはそのディムロスを引き立ててくれて頭中将に昇進。
ある時、天皇が吉野に行く時、桜が綺麗な頃で、
感動した天皇が周りの者に歌を詠ませるんだけれど、ディムロスは歌が苦手。
困ったなぁってことで、芸事が得意なカーレル(内大臣の養子)に相談したら、
「やですねぇ、歌上手な人に言う事なんかないですよ」と冗談を言われた。
しかし、ディムロスが本気で困ってるから「思ったとおりに詠めば良いんですよ」と宥める。
悪くはないものの並レベルの歌をディムロスは詠んだ訳ですが、
帝はそんなディムロスの素直な性格が気に入って、お酒を下さりました。
カーレルはその様子を見ながら「ほらね」みたいな顔をしてました。
みたいな話です。
時計を見る。あと20分あった。久々に掃除をした。元から散らかっている訳ではなけれど、一人で暮らすには少し広すぎる家は案外埃が溜まっていて、一度片付け始めると規模を徐々に拡大していかざるを得なくなってしまっていた。おぼろげな記憶だけれど、母は綺麗好きな人だった。私は父に似て、あまり部屋の整頓には拘らない大人になりつつあった。全部終わって手を洗っていたら錆びた呼び鈴の音が聞こえた。ドアを開けると、彼がいた。時間より5分早い到着だった。
「お邪魔します。少し早かった?」
「いや、問題ない。」
彼はいつもより一枚多く上着を羽織っていて、細い身体が若干もこもこしていた。学校以外で彼と会うのは初めてだったのを思い出した。彼の白い頬には少し赤みが差していて「寒くて参りますね」と笑っていた。七月だというのに外は雪でも降り出しそうな寒さが続いていた。この気候も、私には珍しい物ではなかった。カーレルは家に入って一言目に「広い」と言って辺りを見回した。15年前までは三人家族が、12年前までは父子が二人で住んでいた家だから、男一人が住むには広くて当然だ。
「で、夕飯は?」
「鍋をしようと思って。」
「あー、いいじゃないですか。」
試験勉強の手伝いのお礼に要望されたのは、夕食だった。勿論彼とて外で高いものを食べさせろというつもりではなく、私の家に押し掛けてみたかったのだそうだ。少し困ってしまったけれど、断る理由も無いし、彼と一緒に夕飯が食べられたら楽しいだろうと私も思った。誰かと一緒に夕飯を食べるなんて何年ぶりだか分からなかったから、何を作ったら良いやら分からず片付けをしていて見つけた土鍋を使うことにした。これを使うのも、多分10年くらいぶりなんじゃないだろうか。父は得体の知れない肉や魚を何処からか貰ってきて、得体の知れない美味しい鍋を作るのが趣味だった。母は父の凝り性な所に閉口しつつも、味を細かく辛口に評価していた。昔を思い出して、私が少し感傷的な顔をしていたからかも知れない、彼は何も言わずにダイニングの椅子から私を見詰めていた。私が黙って鍋を用意する間ずっと、彼は静かに私を見ていた。彼の方は見なかったが、彼の視線が私に向けられているのは何となく分かった。どうしてだか、とても居心地が良かった。
「いただきます。」
「いただきます。」
美味しい、と彼は笑ってくれた。今日の私は何だか変で、その一言が妙に響いて、嬉しいのに何だか泣けてしまいそうで、変な顔をしてしまった。彼はそれを笑うことなく、ただにこにこしながら箸を進めた。彼は私の違和感に気付いていたと思うけれど、気遣ってくれていたのだろう。胸が一杯で、鍋の味は良く分からなかった。きっと、誰かとこの家で一緒に居るのがあまりに久しぶりだからだろうと思う。
「どうでした?」
「お蔭様で、悪くはない。」
「ふふ、優秀な教え子で鼻が高いな。」
「お前こそ、試験良かったんだろ?」
「・・・まぁ。」
「あまり、噂を気にするな。」
「ありがとう。大丈夫ですよ。」
苦笑する彼に、何だかすまない気持ちになる。聞くと、やはり彼の成績はとても優秀で噂通りだった。彼の成績は彼の能力と真面目さによるものだし、彼は成績を隠すこともひけらかすこともしない。私は彼を尊敬している。
「さて、何かお礼をしなくてはな。」
「まだ憶えてたんですか?」
「当たり前だ。何か欲しい物はないか?」
「んー、あるかなぁ。」
「何かないのか?」
「尋問みたい。」
「良いから、さっさと決めてくれ。」
「何でも良いんですか?」
「高いものじゃなければな。」
「んー・・・。」
彼は思いついたように口を開いた。私はそれを聞いて、複雑な気持ちから顔をしかめた。それを見た彼は、私を困らせて嬉しかったのか、盛大に笑った。
ちなみに俺のはバイブもオフ。
メールかな?
FROM:隆昭
題名:うへー
何か良く分からん。
手短過ぎて俺も何も分からんぞ、おい。
親しい芝居仲間、から来たメールに苦笑する。
どうした?としか返事できない。
こんなメールばっか送ってくるんだ、こいつは。
同中の奴(前話したよね?)が飯誘ってきて、
何か今回二人っきりみたいでさ、
まぁ、公演近くて忙しいしって言ったらね、
「お前の顔が見たくなった」とか言いだしてんの。
もー、訳分かんねー。
隆昭の文章を読むと、声が聞こえてきそうになる。
ま、実際、あいつメール打つときぶつぶつ言いながらだけど。
「同中の奴」は先日から隆昭を口説こうとしてる。
この前は何人かでプチ同窓会をしたそうだ。
その席でかなり思わせぶりな台詞を吐いたとか。
それから半月、少し手が早いんじゃないかねぇー?
「好かれてんね」と笑ったら「えー、そーなのかな?」と顔をしかめてた。
実際、隆昭は可愛い感じのする少年で、何だかハムスターやリスみたいなのに似てる。
守備範囲が広めな男なら普通に射程範囲なんじゃなかろうか。
乗り気な訳あるか。
乗り気なら止めないけど、話が進んじゃう前に離れた方が良いよ、と送ったら、この返事。
そーね、隆昭はホモが嫌いだから。
多分自分が対象になるって分かってんだよね。
どこまで自覚してるか分からないけど。
でも、人懐っこい割に警戒は強い。
恋愛関係の話とか普段全然しないし、男友達も少ないし。
まっ、友達自体あんま多くないけど。
あー、でも、何故か俺は両方当て嵌まらないな。
俺、他校の生徒で芝居仲間、男。
恋愛関係の面倒な話を聞いてやる担当。
彼女でも作ったらそういうの減るんじゃない?と送る。
返信はすぐ来た。
彼はメールを打つのが早い。
女とか面倒臭くて嫌い。
男も嫌いだけど。
ってか、またメール来た。
あからさまにアピってくんの困るよね。
もう返事してやらねー。
同中の彼が若干哀れだなぁ。
てか、男も女も嫌いなのか、難儀な性格だ。
その割に俺には懐いてくれますね。
高校違うからあんま会う機会ないのに、なんか仲良くなれちゃったし。
良くメールくれるし。
俺も嫌いか?(笑)、と送りながらカレンダーを見る。
隆昭の次の公演は来月頭。
何か、今回は良い役らしい。
嫌い。
意地悪いし、口煩いし、人の話てきとーに聞いてるし、急にメール切るし。
嫌いだってさ、可愛い奴。
一つため息をついて、携帯を置く。
ご要望にお答えして、切ってしまおう。
それに怒る隆昭がまた面白いから。
と、思っていたら携帯が光る。
バカ俊。
今、切ろうとしただろ。
お前の考えなんて分かってんだよ、ばーか。
あっ、来月の芝居見に来いよ。
じゃな。
分かってる、ね。
馬鹿はどっちなんだか。
「まっ、俺は気長に攻めるよ」と呟いて
俺は隆昭の公演までの日にちを数えた。
あとがき
メールってのをテーマにしてみたのです。
内容は王道チックに。